Life of jazz,improvisation,piano,organ,and bike
です!
2/9 片山広明と東京スリム@荻窪ルースターノースサイド
【片山広明(ts)辰已光英(Tp)高橋保行(Tb)ギデオンジュークス(Tuba)藤掛正隆(Ds)山口コーイチ(P)】
荻窪ルースターノースサイド
こちらもレコーディングを間近に、いろいろ固まってきて、面白いバンドでっせ〜♪
馬ですね。寒いので毛布かけられて、微動だにしない。数分見てたけど、まったく微動だにしないのだ。
今日は久しぶりに外を走る。巽やでひさしぶりにとんこつラーメン食べてそのまま高坂方面へ。都幾川に取って返し、白石峠入り口をすぎて、早朝に行くと競輪選手が車座になって休憩していることもある、とある商店の前で終了。ソリア10分。ずーっとアウターでガシガシ踏む。心拍170レベルのこの感じ、久しぶりで楽しいですねえ。
一服してたら上からときがわ町役場の人が降りてきて、話をしたら高篠峠入り口あたりに融雪剤をまいてきたそうです。まだグリーンラインはダメだとのことで。
昨日、NHK特集でアルペン滑降の世界的選手であるアクセル・スピンダルの特集をしていた。160km/hにも達するダウンヒルで、大事故のあと、復活したその精神力。どうやって怖さを克服しているのか、というような話だったんだが、そういう視点だとその答えはでない。番組でも結局、現象を羅列するのみで終始した。しかし、瞬きをせずコースに集中する、ゴーグル内からモニターするカメラがとらえるスピンダルのキチガイな目を見ていて、2001年宇宙の旅のこのシーンを思い出しました。
といいつつ、実際にはこのシーンではなく、後半の位相空間を旅するボーマンのアップのシーンなんだけど、まあ似ているから良いか。探したけどなかった。あの眼と一緒。
2001といえば、このカット。
言わずと知れたHAL9000の”眼”ですが、2001年宇宙の旅は、ひたすら「見る」という行為が映像を通して語られる。気がする。
心の動き、「怖い」「嬉しい」「怒り」「楽しい」等々ってのは、外界と自分の間では自分の中にある。「見る」という行為は外界と自分のちょうど間にある。そもそも行為と言うのはそういうもので、その行為に集中することで、心を克服する、という事なんかなーとアクセルの話は思ったのでした。
自転車でもアクセルの語る「安全装置を少し外す」という事がよく語られる。まじでヤバイ、と思ってもその上があるんだよ、心は無視しなさい、という事だと思うんだけど、ねえ。そうしようと思っても難しいですね。ペダリングに集中していけば自然とその境界に立つ事になるんだと思う。行為することはエスカレートしてどんどん密になっていくから。
行為に集中する事は、マイルス・デイビスが「play」という言葉を大事に使う事と同じ意味だと思うんだよね。行為することが存在することに変わると「それ」は楽々と現れるんだと思う。僕の音楽は「それ」を響かせる事にしか、ほぼ関心がない。
というわけで、心と行為の関係は、実は僕の中で最大のテーマなんですが、なんでかっていえば行為に集中するというのは生きることと同義だと思うからです。
というわけで、明日も荻窪で行為しまっせ〜是非ご来場くださいまし。